【前編】Co-Studio×住友ファーマ「半年で特許出願?」シーズもアイデアもなく始まった新規事業プロジェクト

【前編】Co-Studio×住友ファーマ「半年で特許出願?」シーズもアイデアもなく始まった新規事業プロジェクト
「信頼」と「共感」を軸にしたコミュニティを形成し、社会課題を解決するイノベーションを生み出すCo-Studio。Social Goodな未来の実現に向けてクライアントと一緒に考え、汗をかく共創のスタイルで、これまで設立したスタートアップ企業は9社(2022年1月現在)に上ります。 そのCo-Studioのイノベーション創出の考え方とプロセスを事例で紹介する対談シリーズ。第1弾は、住友ファーマ株式会社との共創によって起業した「do.Sukasu(ドスカス)」をご紹介します。
視覚認知能力を「透かす(Sukasu)」特許技術で未来を創出するdo.Sukasu。本業である医薬の領域から離れた位置にあるヘルスケア領域でどうやってイノベーションを生み出したのか?どうやって半年で2件もの特許技術を開発できたのか?――同社のキーパーソンに、これまでの歩みを対談形式で振り返ってもらいました。今回はその前編をお届けします。
<対談者>
住友ファーマ株式会社
フロンティア事業推進室 開発企画担当オフィサー/株式会社do.Sukasu CTO(最高技術責任者) 落合 康
フロンティア事業推進室 事業開発・ポートフォリオマネジメント担当オフィサー 堀 誠治

Co-Studio株式会社
株式会社do.Sukasu CEO(最高経営責任者) 笠井 一希
COO(最高執行責任者) 今林 知柔

視覚認知能力を「透かす」技術で発達障害をサポートしたい

――まず、do.Sukasuの事業概要からお聞かせください。

笠井 さかのぼると、2019年に私たちCo-Studioが住友ファーマ株式会社(以下、「住友ファーマ」)のストラテジックパートナーとして、同社と共創型で新規事業を開発するプロジェクトを立ち上げました。その成果として半年間で2件の特許案が生まれ、その特許技術を事業化するためにCo-Studioが100%出資する形で起業したのがdo.Sukasuです。現在、Co-Studioから私がCEO(最高経営責任者)、住友ファーマから落合さんがCTO(最高技術責任者)として出向しています。

その特許技術が、一言でいうと「人間の視覚認知能力を測定し、定量化する技術」です。人間の視覚認知能力は頭頂葉がつかさどる「空間認知能力」と、側頭葉がつかさどる「物体認知能力」で構成されています。そのうち、前者の空間認知能力について、VR(バーチャルリアリティ)のゴーグルを装着して簡単なゲームをやりながら、さまざまなパラメータを定量的に計測できるツールを開発しました。また、後者の物体認知能力についても測定技術の開発を進めています。
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落合 よりイメージしやすいように、頭頂葉の空間認知能力が得意な人を「上派」、側頭葉の物体認知能力が得意な人を「横派」と私たちは呼んでいます。このように視覚認知能力を上派・下派の二つの軸で測定することで、人間が生来持つ脳の「個性」を、あたかも脳を「透かす」ように認識することができるんです。

この技術を、私たちは発達障害の子どもの支援に活用することを想定しています。発達障害の子どもは、一般的に視覚認知能力の発達の遅れがあり、さらにその空間認知と物体認知とのバランスが良くないといわれています。その発達障害の子どもたちの視覚認知特性を把握し、優劣ではなく「個性」ととらえることで、その個性を考慮した療育を行ったり、すぐれた能力をより伸ばしたりなどサポートにつなげることができます。

さらに、視覚認知能力は加齢によって低下することから、この技術は高齢者の視覚認知能力の維持・向上にも展開できると考えています。事業化においてはこちらが先行しており、他企業との協業によって高齢者ドライバーの脳特性・運転データを取得・分析し、超高齢化社会における安全な運転社会の実現に向けた事業検証を進めています。

“畑違い”の領域へシーズ探しに――「方法論のみ」の男に賭けたわけ

――半年間で2件もの特許案を生み出すなど、着実に成果を挙げているdo.Sukasuですが、そもそもの住友ファーマとCo-Studioの出会いのところからお聞かせください。

堀 私たち住友ファーマでは、ヘルスケア領域で新規事業を立ち上げるべく、2019年に「フロンティア事業推進室」を立ち上げました。ただ、将来のヘルスケア領域におけるアンメットニーズに応えるには、当社のフィールドである医薬のみでは限界があります。したがって、新しい技術やシーズを、医薬領域で培った知見やシーズと融合させることで、製薬会社ならではのヘルスケア事業を創っていく必要性を感じていました。

そのために、当社の中だけでなく外部とのコラボレーションの形で新規事業を立ち上げることを考えました。まずは社会にどんな技術やシーズがあるのか、情報を集めようと奔走していました。

今林 そのさなかに、澤田(真賢:Co-Studio代表取締役CEO)と出会ったんですね。

堀 はい、Co-studio社のパートナーの一人であるKicker Ventures CEOの清峰正志氏を通じて、澤田さんを紹介していただきました。

澤田さんは初対面の私に、ヘルスケアイノベーションを生み出すための独自の方法論について話してくれました。共感を軸に、実現可能な将来像を見きわめて、そこからバックキャストしながら必要なイノベーションの技術を同定し、権利化し、クイックに検証していく――そのアプローチに、私が強く共感したんです。これはもう、澤田さんには当社のヘルスケアイノベーションを生み出す機能の重要なパートナーになってもらうしかないと。

今林 そうして澤田が住友ファーマのフロンティア事業領域での戦略パートナーとなり、共創の形で新規事業を生み出す組織としてCo-Studioができた――という経緯ですね。
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笠井 でも、堀さんが澤田と会った時点ではCo-Studioもまだ存在していなくて、もちろん事業実績も何もなかったんですよね。あるのは澤田が話したイノベーション創出の方法論のみ。にもかかわらず、社内を説得してパートナーとして迎えてくれたのがすごい(笑)。

堀 少しタフな状況だったかもしれません(笑)。でも、その時に聞いた澤田さんの方法論には、一定のリスクを感じながらも、私とこの案件を担当したメンバーには腑に落ちるところがあったんです。今あるシーズやアセットを育てるより、まずは多くの人が共感する「Social Good」な価値観を生み出す。でも、ただ共感できるだけでなく「実現可能な未来」を設定して、そこからバックキャストして、さらに特許も取っていく。そのプロセスがはっきりとイメージできたので、そこに賭けましたね。

「半年で特許出願? そんなん嘘や!」

――そのような経緯があって、新規事業を生み出すためのプロジェクトが動きだします。

堀 ヘルスケア領域で新しいソリューションと市場を狙うような新規事業を創出するには、社外の人とも交流し、さまざまな価値観から共感の輪を広げていくことが大事だと澤田さんとのディスカッションでも感じていたので、社内ではなく社外にプロジェクト推進の拠点を置く「出島」のスタイルをとりました。

今林 この段階で、同じフロンティア事業推進室の落合さんに堀さんから声をかけたんですよね。その時の落合さんの心境って……?

落合 いや、心境も何も……堀がいきなりやってきて「こういうプロジェクトがあって、共感を1つの軸にして新規事業の創出を試みるんです」と熱く語るんです。でも聞いてもよくわからなくて、私にはまったく共感できない(笑)。それなのに「落合さんにはぜひ入ってほしいんです」と無理やり巻き込まれた感じです。

堀 上司に相談しながら、落合自身に対しては「半年で、近未来に通用する特許を出願できるかも」とそそのかす感じで(笑)。

落合 私もこれまで40件ほど特許出願しているのですが、半年で出願できたことなんて一度もないんです。それがゼロから始めて半年で特許出願なんていうのは、私の経験則から言うと絵に描いた餅以外の何ものでもない。「そんなん嘘や」と疑っていました。
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今林 最初は事業アイデアも何もない状態からスタートして、「社会にどんな価値を提供するか」を考える「近未来デザイン」のワークから始めましたね。「あなたの価値観は何ですか?」「今、何が気になっていますか?」といった問いを立てながら……。

落合 本当にフワーっとした、霧の中をさまよっているような状態でしたね。まったく前進している感じがしない(笑)。そんなディスカッションを半日くらいやった後に会社に戻るのですが、「これが半年も続くのか。辛いなぁ……」と机の前で途方に暮れていましたね。

堀 笠井さんは、このタイミングでプロジェクトに加わりましたよね。

笠井 私もよくわからないまま、前職で同じ会社(オムロン)だった澤田に誘われて、堀さんと落合さんを紹介されました。新規事業を立ち上げる、ということだけは聞いていましたが、本当にアイデアも何もない状態。「これから何をするのかな」「みんなは何をしたいのかな」と、最初は皆さんのディスカッションを観察していました。

ドローンの失敗からVRにたどり着く

ホワイトボードにて議論

――「視覚認知能力」という事業アイデアはどこから出てくるんですか?

落合 最初の「近未来デザイン」のフェーズでは、ひたすらネットサーフィンして、その中から近未来に起こりそうなことを拾い集めていました。「こんなことがあるみたいだよ」と誰かがチャットにリンクを貼ったら、笠井さんや今林さんが「似たような事例でこんなのもあるよ」と別のリンクを貼る、という感じです。

その中で、私の知人に発達障害のお子さんを持つ人がいて、以前からなんとなく気になっていました。発達障害の子どもを持つ保護者にとっては「自分が死んだ後に子どもは一人で生きていけるのか」という漠然とした不安があって、保護者自身がうつ病になってしまうことも少なくありません。発達障害の人たちが自分で仕事を持ち、自立しながらいきいきと生きていける。もっと言うと、発達障害であるということがネガティブにならず、一つの個性と扱われるくらいの社会になったらいいのにね……とメンバーには話していました。

今林 その「発達障害」のキーワードから、ドローンに着目しましたよね。

落合 アメリカで、発達障害を持った少年がドローンの会社を起業している事例があったんです。今ほどドローンが主流でない時代ですから、ドローンを操作できる強みを事業化できているのがおもしろいなと。そこで「発達障害×ドローン」というアイデアに着目しました。

ただ、試しに発達障害の子どもたちに操縦させてみると、むしろ空間認知能力が遅れているためにドローンを飛ばすのが苦手な人が多かったんです。それなら、「ドローンを使って楽しみながら彼らの視覚認知能力を測定、発達させることができないか」と考えました。そこからドローンの資格取得につなげて、将来的に発達障害の子どもたちが事業化できる世の中が実現できるのではないか、と。
ホワイトボードにて説明

堀 落合さん、ドローンの講習にも行っていましたよね。

落合 ドローンの操縦を教える資格を得るために、はるばる兵庫まで講習を受けに行きましたよ。でもその過程で、ドローンはどこでも飛ばせるわけじゃないし、紛失したり壊れたりで、やろうとしていた空間認知能力の測定が、実はVRのほうがより簡単に、それでいて正確にできることがわかってきた。笠井さんが低価格でVRのゲームコンテンツを作れる会社を見つけてくれて。

笠井 1か月ほどで2種類のVRゲームのMVP(Minimum Viable Product:顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト)を作って、測定データも吐き出せることがわかった。ドローンより正確で、かつ簡単に設計でき、フレキシブルに変更できる。こういったVRのメリットに気づけたのは、プロジェクトの大きなターニングポイントでしたね。

今林 プロジェクトが動き出してから、VRゲームのMVPを作るまでが、約3か月。この「近未来デザイン」からスタートして、ビジネスモデルのプロトタイプを開発するまでの前半のプロセスを、Co-Studioの共創型ワークフローでは「Biz & Pat」と呼んでいます。

落合 笠井さんのおかげでドローンからVRに切り替えることができましたが、それ以前に笠井さんと今林さんに開発してもらった最初の“成果物”が、ドローンで空間認知能力を測定するMVPだったんですよ。あれ、どこに行ったかなぁ……(笑)。でも、そのドローンの失敗があったからこそ、VRによる測定・定量化というアイデアにたどり着けたんです。

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