異例の事業開発プログラム「Kicker Japan Fit」がもたらしたグローバルビジネスで勝負するためのマインドセットとは?

異例の事業開発プログラム「Kicker Japan Fit」がもたらしたグローバルビジネスで勝負するためのマインドセットとは?
Co-Studioのイノベーション創出の考え方とプロセスを事例で紹介する対談シリーズ。第3弾は、米スタートアップ企業との事業開発プログラム「Kicker Japan Fit」(KJF)をご紹介します。
日本の大手3社が、アメリカのスタートアップ企業に協業提案する異例の事業開発プログラム「Kicker Japan Fit」。プログラムを進める過程で、参加企業にどんな変化やマインドセットが生まれたのか?米シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタル「Kicker Ventures」ファウンダー兼CEOの清峰正志氏と、プログラムをファシリテートしたCo-Studio執行役員の小宮暢朗との対談をお届けします。
<対談者>
Kicker Ventures Partners I, LLC ファウンダー兼CEO 清峰 正志

Co-Studio株式会社 執行役員 小宮 暢朗

米スタートアップ × 大手日本企業ー共創が生みだすアイデアに期待

――前回の対談では、清峰さんと澤田さんに、Kicker Japan Fit(以下、「KJF」)を構想するに到ったそれぞれの思いを伺いました。そのバトンを受け継ぎ、企画立案とプログラム当日のファシリテーターを務めたのが小宮さん。最初にKJFの構想を聞いた当時の印象は?

小宮 最初に聞いたときは戸惑いましたね(笑)。大企業3社(味の素、大正製薬、ほか1社)がオープンに共創しアイデアを生み出す異例のプログラムというだけでなく、米スタートアップ企業に対して日本の大企業が提案するスタイルも前例がなく、どうやってプログラムをファシリテートしていけばよいか……正直、不安はありました。

一方で、大企業3社が集まること、そしてスタートアップと出会うことで、全く新しいシナジーが生まれるのではないかとワクワクする思いもありました。
清峰 私も過去に日本の大手企業とアメリカのスタートアップを引き合わせる場をセットすることはあったのですが、大企業側がスタートアップから協業を持ちかけられるパターンがほとんど。それがKJFでは逆に、大企業側がスタートアップに協業を提案します。小宮さんが言うようにこの試みはこれまでにないもので、どんなアイデアが生まれるのか私自身も楽しみにしていました。
――参加する企業側の反応はどうだったのでしょうか?

小宮 KJFへの期待やモチベーションはまさに“3社3様”。本気で協業権を獲得しようとする企業もあれば、前半の「学習フェーズ」に重きを置き、人材育成を目的に参加する企業もありました。

KJFは、グローバルビジネスのスキルを学ぶ研修プログラムであり、実際に協業提案を行う実践プログラムでもあります。両方の側面があるので、参加する企業側の期待やモチベーションは多様性があって構わないと思っていました。
話をする小宮さん

<参加企業に聞きました>
Q. KJF に参加した動機・当初期待していたことは何ですか?

・WoebotのようなDTx(デジタル・セラピューティクス)は、当社にとっても注目領域の一つでした。この領域に必要なノウハウや特有のビジネスモデルの構築方法、さらには実際に海外のプロダクトを日本で展開する際の課題を把握したいと思い、KJFに参加しました。(大正製薬株式会社 フロンティア・リサーチ・センター主事 野木 貴祐 様)

・今後大きくスケールする可能性を秘めているスタートアップ企業と、早期にコネクションと共創機会を得られることを期待して参加しました。(味の素株式会社 アミノインデックス事業部マネージャー 倉本 昌幸 様)

ただの座学プログラムではない――参加企業に生まれた「覚悟」

――こうして2022年1月、KJFのプログラムがいよいよスタートします。前半はインプットが中心の「学習フェーズ」でした。

小宮 前半のDay0、Day1では、清峰さんやゲストスピーカーの方々から、デジタルヘルスケア市場に関するレクチャーや、海外のスタートアップと協業する上で求められるマインドなどを話していただきました。

清峰 「彼らは人生をかけて勝負しています」「ビジネスは勝たなければ意味がないんです」と……少し厳しい物言いだったかもしれませんね(笑)。でも、参加企業の皆さまにも同じようなメンタリティで臨んでほしいというメッセージを伝えたくて、熱を込めてお話ししました。
――プログラム開始当初の、各企業の反応はいかがでしたでしょうか。

清峰 最初の段階で「複数企業で強制的にコラボして、提案してもらいます」ということをお伝えしたんです。「えーっ!」という反応もありましたが、いま振り返ると「ただの座学だけのプログラムではないぞ」という覚悟が、この時点で参加企業様の間に生まれたのではないでしょうか。
<参加企業に聞きました>
Q.Co-Studio のワークショップや新規事業創出の手法に対する印象は?

・領域と内容の深さに応じたワークショップを展開していて、私が参加したKJFの他にアート志向、デザイン思考、市民参加型や自治体・地域巻き込み型のワークショップなどがあり、さまざまな形で新規事業を創造する体制が整えられている印象です。(大正製薬株式会社 野木 貴祐 様)

・バックキャストからの事業仮説設定・デザインスプリントという手法を実施するプレーヤーは非常に増えている印象があります。一方で、こういったデザイン思考で発想したアイデアは大企業のこれまでのアセットが載らないことが多く、社内説得に至らない、もしくはPoC段階でスタートアップ企業と比べて優位性を構築できないケースが多いと感じていました。Co-Studioは大企業出身者が立ち上げた企業ということもあり、大企業がつまずきがちな勘どころをしっかり押さえていると感じます。(味の素株式会社 倉本 昌幸 様)

「他社と悩みを共有したほうが、いいアイデアが生まれる」

――後半は、Woebotとの協業権獲得に向けたビジネスモデル考案に移行していきます。

小宮 うつ病治療などに用いられるカウンセリング手法「認知行動療法」をAIチャットボットが行う「Woebot」ですが、このサービスを日本市場で展開するためには、アプリの翻訳や文化的なニュアンスの違いの調整など、多くのリソースをかける必要があります。そのリソースをかけるべきかどうかを判断するために、まずは「Pain Point」「Measurement」「Payment」の3つのポイントを押さえたフレームワークでビジネスモデルを検討する課題を出しました。
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Pain Point
想定顧客がお金を払ってでも解決したい悩みの種は?
悩みを抱えているのは誰なのか?
その悩みはどれだけ大きいのか?
Measurement Woebotのソリューションでペインポイントを解決できることをどうやって評価(測定)するのか?
Payment そのソリューションにお金を払うのは誰なのか? 
どのぐらいの市場が見込めるのか?(どこから始めて、どうスケールアップするのか?)
この課題に取り組むにあたって、参加企業がプログラム当日後もいつでも相談できるよう、SlackやoViceに相談窓口を開設しました。また、清峰さんたちによるメンタリングの機会も設けました。
――複数の企業間でオープンに議論するのもKJFの大きな特徴ですね。

小宮 各社が作成したワークシートを3社間で共有し、お互いにアイデアや悩みをブレストしながらビジネスアイデアをブラッシュアップさせていきました。

清峰 当初は同じ社のチームだけで検討を進める傾向がみられたのですが、プログラムを進めていく過程で、「他社と悩みを共有した方が、良いアイデアが生まれる」ということに気づかれていったと思います。リサーチ中にたどり着いた別のスタートアップに着目した企業もありました。さまざまなプレーヤーと組んでビジネスの発想を広げていくマインドセットを持っていただけたのではないかと。その思考の変化の過程が、プログラムを進めていく中でよく分かりました。
<参加企業に聞きました>
Q. プログラムが進むにつれて起きた変化・得られた気づきは?

・「よい製品」を作るのではなく「売れる製品」を作ることが重要であり、そのためには3つの要素「Pain point、Measurement、Payment」を掘り下げて考えるアプローチの重要性を学ぶことができました。これまでは企業の技術に注目して新規事業を検討してきましたが、検討中の製品やサービスの必要性や、それを裏付けるデータの集め方なども含めて検討することの大切さを学ぶことができました。(大正製薬株式会社 野木 貴祐 様)

・アイデアを自分の中でとどめておくことの“罪”を改めて強く感じました。仮説はPPTの中で練度を上げることよりも、とにかく他者にぶつけることで進化します。(味の素株式会社 倉本 昌幸 様)

大企業がスタートアップに真剣に臨んだ最終プレゼン

――約2か月間のプログラム最終日は、いよいよWoebotに対する協業提案のピッチセッションです。

小宮 結果から言うと、協業を見送る判断をした企業を含め、各社とも協業権の獲得というゴールには至りませんでした。それでも、この2か月という短期間でイノベーションのアイデアを煮詰め、最終的に「Go or Not」を判断するところまでたどり着いた。そこにこのKJFの大きな意義があると思っています。

清峰 Day0の段階で「海外のスタートアップは人生をかけて勝負しています」と、本当にくどいほどお話ししました。そのインパクトがあったのかどうかは分かりませんが、3社とも本当に真剣にピッチに臨んでいただきました。
小宮 ピッチ当日は「日本語でプレゼンしてもいいですよ」とお伝えしていたのですが、3社とも英語でプレゼンされました。その後のWoebot Health社を交えたディスカッションもすごく盛り上がって、予定の時間を30分以上オーバーしてしまいました(笑)。

清峰 Woebot Health社側も、「このような大企業とのセッションなんてアメリカでも経験がない。それなのに日本の大企業の皆さんはこんなに事前準備をしてくれて……」と感動していて、日本のマーケットに対する印象も大きく変わったようです。その点でも、このKJFをやりきってよかったと思いました。
<参加企業に聞きました>
Q. 通常のワークショップとKJFとの違いや、難しかったことは?

・ベンチャー企業に対して自分たちで考えたビジネスプランを提案し、それに対するフィードバックを得られること、また提案内容が良ければ実際に事業化について協議ができることが通常のワークショップと異なる点です。提案に至るまでにCo-StudioやKicker Venturesの方々のメンタリングを受けながらビジネスモデルをブラッシュアップしていくことができたことも貴重な経験になりました。(大正製薬株式会社 野木 貴祐 様)

・当初は提案先のスタートアップがFIXされていたこともあり、何度もシーズ思考に寄ってしまいました。せっかく提案するならば他社にはできないことを、という意識もどんどん強まり、結果としてシーズ思考を加速させてしまったのが反省点です。(味の素株式会社 倉本 昌幸 様)

10年後、日本からグローバルヘルスケアカンパニーが誕生?

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――改めて、このKJFの約2か月間で、参加企業の間にどんな変化があったのでしょうか。

小宮 海外のスタートアップ企業に日本の大企業がプレゼンを行うというスタイルも初めてだし、複数の会社が集まってアイデアをCo-Creationするスタイルも初めて。何もかもが初めて尽くしでしたが、その分、従来のワークショップやピッチコンテストにはない体験をご提供できたのではないかと振り返っています。

参加者の中には、ビジネススクールでMBAも取り、社内起業制度にも何度もチャレンジしているという熱意のある方がいました。その方が「こんなプログラムはこれまでになかった。こういうのを本当に求めていたんです!」と言ってくださったのが印象に残っています。
清峰 海外の有望なスタートアップに対して真剣にビジネス提案をする機会を体験できたことは非常に大きいと思います。参加企業の皆さまのマインドセットにもつながったのではないでしょうか。

加えて、「アウトプット」をゴールにしたこと、つまり単なる座学の研修ではなく、リアルなビジネス提案を行ったことも良かったと思います。
Co-Studioが通常のコンサルと違うのは、たとえば「特許出願」にせよ「起業」にせよ、具体的なアウトプットを徹底していることだと思います。その姿勢はCo-Studioの他のプロジェクトを見ても感じるところだし、今回のKJFでも貫かれていたように思います。
<参加企業に聞きました>
Q. 得られた気づき・学びを自社でどう活かしていきたいですか?

・ビジネスモデルを作り上げる過程で提案内容が課題(Pain point)を解決したものになっているか、POCの計画が意味のあるデータ・評価(Measurement)になっているかなど、想定したパートナーやユーザーにヒアリングを実施することで、より実践を想定した事業創出の手法を経験することができました。新規事業の成功確率を高め、事業拡大していくために、さまざまなパートナーシップを組むことも重要な要素であることを知ることができました。(大正製薬株式会社 野木 貴祐 様)

・「情報は基本的にクローズで、何をオープンにするかを考える」――これが、これまでのメーカーの成功パターンであり、思考パターンだと思います。そうではなく「情報は基本的にオープンで、何をクローズにするかを考える」という姿勢であることが、多様なステークホルダーを有機的に巻き込むための必要条件だと気づいたので、それを実践していきたいと思います。(味の素株式会社 倉本 昌幸 様)

――最後に、KJFの今後の展開についてお聞かせください。

小宮 実は、Woebotに続くKicker Venturesの新たな出資案件となる米スタートアップがあります。そのスタートアップを対象とした「KJFセカンド」を、2022年の7月を目途に開催したいと考えています。

海外のスタートアップだけでなく、日本国内でローカルに展開していくことも視野に入れています。仙台市でCo-Studioが事務局を運営している「仙台市ヘルステック推進事業」でも、同様のプログラムを企画する予定です。

また、Co-Creationで課題解決を考える「常設の実験場(ラボ)」として、2022年3月に「SG Lab」を立ち上げました(当WEBサイト)。このSG Labでも、KJFで得られた知見を活かして、様々なバックグラウンドを持つ企業や人を繋ぎ合わせ、面白いアイデアを生みだしていきたいです。
清峰 KJFも、シリーズ化して3、4、5……と継続していきたいですね。回数を積み重ねることで、10年後には日本からグローバルヘルスケアカンパニーが生まれたら、私としてはこれ以上の喜びはありません。

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