2022.10.28

【中編】IS創業時や大手企業をコンサルティングしたときの苦労とは

【中編】IS創業時や大手企業をコンサルティングしたときの苦労とは
大学3年生にして学生と代表取締役の名を獲得したInnovation Shift創業者の進藤光太さん。中編にあたる今回の記事では、創業するうえで進藤さんが苦労したことや、設立から100年近くにもなる大手企業をコンサルしたときの苦労をインタビューしてきたのでご紹介します。 ここでは進藤さんの人間性や、「企業は1924年設立と2021年設立でどういったギャップが生まれるのか」にも注目して、インタビューしております。

NTTドコモのインターンで100人中1位を獲得

—— 進藤様は元々何をされていた方ですか?

進藤 僕は仙台第三高等学校の理数科に通っていて、ずっと理系の道を辿っていました。

子どものころから人を救うヒーローのようになりたいという思いから医者を目指していましたが、高校生のときにアメリカへ留学したときに「医者じゃないな」という気持ちが芽生え、もっとグローバルに展開していきたいと思ったことが経営者を目指すようになったきっかけです。

ずっと理系を選択していた人間が、どうやって経営者になろうと考えたときに見つけたのが、早稲田の経営システム工学科だったので進学を決めました。大学に入ってからはずっと、数字から経営を知る経営工学を学んでいました。

こういった勉強では実際の企業が出している数字ではなく、想定の数字を使うことが多いので、ある程度学んだら起業した方がいいなと思うようになって、起業を意識するようになったのが大学1年生のころです。

まずは社会経験が大事だろうということで、大学1〜2年生のころに携帯キャリアの店舗に立つインターンを受けて、B to Cの営業という仕事で社会に出ました。

3ヶ月間のインターンで100人近くいる中から1位になり、1年間継続するという会社内でも偉業と言われる結果を残すことができたのは、どうやれば営業がうまくいくんだろうとひたすら考えた結果です。

この結果は僕の中でも自信となっています。

実績ができたので次に店舗のコンサルに携わる機会をいただいて、新宿や渋谷の大型店舗のコンサルにも入ることができました。この経験から事業を効率化や最適化する術を学んだと感じています。

営業やコンサルは自分の中で方法論を確立したときに成長はなくなると考えているので、活動場所をCo-Studioに移しました。

Co-Studioで新規事業アイディアを提案したところ「やってみよう」と前向きな返事をいただいたので、新規事業を進めていきました。事業を始めてCo-Studioから「会社にしてしまった方がいい」と言われたことが起業するまでの経緯です。

チャレンジし続けることが自信につながっている

—— 進藤様がいま頑張れている理由はなんですか?

進藤 僕がいま頑張れているのは地震を経験したことと、アメリカに留学したことが大きく関わっています。

小学校6年生のときに宮城県で東日本大震災を経験したことから、人はいつ命を落とすかわからないから後悔したくないという思いが強くなりました。地震を経験してから誰も経験したことのない世界を作りたいと強く思い、自分の使命を果たして生きた証を残したいと思っています。

僕はよくポジティブな性格と言われますが、ポジティブになったのはアメリカに留学したときでした。いまでは他人がやってられないと思うことでも、前向きに捉える癖がついています。

ネガティブに捉えることは全く意味がないと思っていて、人に対して怒ったり、ネガティブな感情を持ったりすることは何も生まれません。なんでそうなったのかを一緒に探す方が合理的だと思っています。

自分がうまくいかないと思っているときでも「失敗は挑戦の戦利品」という考えを持っているので、何か挑戦してうまくいかなかったことは明らかにプラスだと思います。だからこそ自分から率先して留学やインターンといった経験を積んできました。

大学1〜2年生でインターンに行く人は周りにいなくて、学生団体を作る人もいなかったですが、自分にとっておもしろいと思うことにチャレンジしてきました。

これらの経験のおかげでネガティブな感情がなくなって「またこんなことを知れた」という感情を持つようになっています。中学時代からミスした時に乗り越える喜びを経験してきたので、ネガティブへの耐性は人一倍強いです。

約100年続く企業と都内ベンチャー企業ではギャップがある

—— 起業するうえでとくに苦労したことはありますか?

進藤 大学3年生で起業したので、学生が社会と目線を合わせなくてはいけなくなるところで、プレッシャーを感じました。学生が企業の社長になるということは、自分の人格を変えなくてはいけません。

楽しいことが好きな学生だったので、カラオケオールなどもしていましたが、起業してからは今日はやめておこうといった自我が芽生えてきて、自分は社会人だという意識を持つようになった。

苦労した感覚はないですが、社長としてみられているということでプレッシャーになっていました。

—— 日和産業さんとのプロジェクトで苦労したことはありますか?

進藤 この事業自体が価値になるかわからなくて、全てがPoCでした。そのため日和産業さんにとって、何が価値になるかをすごく考えました。日和産業だからあるニーズにとことん向き合って、PoCしていくところは大変だったと感じます。

若手を集めてくださいと連絡して集まったのは、日和産業さんにとっての若手である30代半ばの方達でした。リモート会議をするときにZoomを使い慣れていなかったり、1人1台パソコンを持っていなくてスマホから入る人がいたり、そもそもインフラが整っていない状態でした。

また横文字を聞き慣れていないもあり、地方の工場で働く方は都心で働く方と全くリテラシーが違うんだと感じました。

もうひとつ苦労したポイントは、物理的に距離が遠くて相手の本音が見えにくかったことです。コロナ真っ只中だったので、会いにいくこともできませんでした。

我々は最終的に事業計画を作ってピッチしに行きますが、対面でのピッチは難しかったので、画面越しでしか相手の考えを感じ取れなくて厳しかったです。今後は1度や2度は会いにいこうと考えています。

—— 困ったときは誰かに相談しましたか?
全部自分で考えるタイプなのですが、SBLの副業の方には頼らせていただきましたし、事業計画書を書くのは素人なので、起業診断士の方に頼らせていただきました。

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